著書
公開件数:20件
No. タイトル 著者 担当範囲 出版社 出版日 ISBN URL 概要
1 『忘却の記憶 広島』
東琢磨、仙波希望、川本隆史(編)
「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」を寄稿:224〜249頁
月曜社
2018/10/03
987-4-86503-065-5
URL
「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」と題し、聞く耳を持たないかたちで「ヒロシマ」を「発信」し、「平和」を訴える身ぶりのうちにある権力への同一化を問題にしたうえで、それを内側から乗り越える可能性を、「歴史」による忘却に被われた場所から記憶を細やかに掘り起こす詩的言語のうちに探る。その際に、ヴァルター・ベンヤミンの言語論を参照しつつ、パウル・ツェランと原民喜の詩作を検討する。
2 メルロ゠ポンティ哲学者事典別巻──現代の哲学・年表・総索引
加賀野井秀一、伊藤泰雄、本郷均、加國尚志監修
大項目:ヴァルター・ベンヤミン(74〜93頁)
白水社
2017/11/24
9784560093146
URL
『メルロ゠ポンティ哲学者事典』別巻の大項目として、ヴァルター・ベンヤミンの生涯と思想をコンパクトに紹介する。1917年の「来たるべき哲学のプログラムについて」における経験への問いを出発点としつつ、言語哲学、美学、そして歴史哲学から「哲学者」としてのベンヤミン像に迫る。
3 細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光
柿木伸之
全376頁
アルテスパブリッシング
2016/12/12
978-4-86559-154-5
URL
2012年にドイツで出版された作曲家細川俊夫と音楽学者ヴァルター゠ヴォルフガング・シュパーラーの対談書„Toshio Hosokawa — Stille und Klang, Schatten und Licht: Gespräche mit Walter-Wolfgang Sparrer“ (Hofheim: Wolke) の日本語版。現代を代表する作曲家細川俊夫がその半生とともに、創作と思索の軌跡を語った対談書であるが、細川の作曲活動の全体に見通しを与えながら、その音楽の核心にあるものを浮かび上がらせる、本格的な細川俊夫論でもある。一書にまとまった評論としては世界初となる。日本語版には、作曲家自身による新たな序文、豊富な写真や譜例の他、2016年前半までの年譜、作品目録、ディスコグラフィを収録。
4 『続・ハイデガー読本』
秋富克哉、安部浩、森一郎(編集)、柿木伸之他
24「ブロッホ、ローゼンツヴァイク、ベンヤミン──反転する時間、革命としての歴史」:229〜236頁
法政大学出版局
2016/05/06
978-4-588-15077-7

ブロッホ、ローゼンツヴァイク、ベンヤミンという三人のユダヤ系の思想家と、初期のハイデガーの時間論と歴史論を照らし合わせ、ユダヤ系の思想家たちが構想する「救済」と結びついた歴史の理論と、『存在と時間』の「歴史性」の概念に最初の結実を見ることになるハイデガーの歴史論との差異を見通す視座を探る。
5 平和と安全保障を考える事典
広島市立大学広島平和研究所(編)
202、287〜88、552、601〜2ページ
法律文化社
2016/03/20
978-4-589-03739-8

マルクス主義、国際共産主義運動、プロレタリア独裁、失地回復主義の項目を執筆
6 パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考
柿木伸之
全272ページ
インパクト出版会
2015/07/15
978-4-7554-0256-2
URL
今ここでヒロシマを想起しながら、死者を含めた他者とともに生きることとして平和を捉え直すことを基本モティーフとして、広島の地で2007年から2015年にかけて書き継がれた評論や論考、講演録の集成。第1部には、想起の媒体としての芸術、さらには言葉の可能性を探る評論や講演をまとめ、第2部には、ヒロシマ平和映画祭などの場での講演の記録などを収める。第3部には、書評を中心とした評論を、そして第4部には、被爆の記憶を継承することにもとづいて平和の新たな概念を追求する論考を収録する。
7 ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史

全443
平凡社
2014/07/15
9784582703283
URL
本書は、言語の本質を探究するヴァルター・ベンヤミンの哲学的思考を、彼が生涯の節目ごとに著作のうちに描き出した天使の像に結晶するものと捉えつつ、そのような思考を、初期の言語論「言語一般および人間の言語について」から、遺稿となった最晩年の「歴史の概念について」に至るまで貫かれる思考として読み解き、ベンヤミンの思考を独特の言語哲学として描き出そうと試みるものである。本書は、言葉を発すること自体を「翻訳」と考えるベンヤミンの着想に注目しつつ、それが深化される過程を辿ることによって、言語そのものが、共約不可能な他者と呼応し合う回路を切り開く力を発揮しうることを示す。さらに、過去の出来事を一つひとつ想起する経験のなかから、神話としての「歴史」による抑圧を乗り越えて新たに歴史を語る可能性をも、言語そのものから引き出そうとする。
8 子どもは無限大──人間力につながるあそび・アート
鹿児島県子ども劇場40周年記念誌編集委員会
52–53
南日本新聞開発センター
2012/12/01
978-4-86074-197-6

鹿児島の子ども劇場の発足40周年を記念して、鹿児島県子ども劇場協議会がまとめた記念誌への寄稿。私自身が幼少期に子ども劇場の例会やキャンプに参加したことが、世界観などを方向づける原体験になっていることを紹介したうえで、異年齢の集団における協力関係などの重要性を論じる。
9 「大震災」とわたし
東琢磨、金子活美、高雄きくえ、武田惇志、上村里花、溝口徹、青原さとし、いさじ章子、上村崇、ウルリケ・ヴェール、小田智敏、平井和子、前川仁、行友太郎
107–112
ひろしま女性学研究所
2012/01/01
978-4-907684-31-0

被災地訪問を中心とした旅の記録を前半に、広島から大震災と原発の人災が意味するものを問う論考集を後半に収めた本論考集『「大震災」とわたし』に、「『復興』を越える」という表題の論考を寄稿した。「復興」の語を「復興」の戦後史を振り返りつつ問う。「進歩」の観念と重ね合わせられた「復興」がかえって命を押し潰し、原発の人災に立ち至ったことに対する歴史的な反省を踏まえて、この災厄の後に命をつなぐ別の道を思考の根本的な変革のうちに探ろうとする。
10 テオドール・W・アドルノ『自律への教育』
原千史、小田智敏
19–28, 38–69, 168–185, 194–200, 226–229
中央公論新社
2011/12/10
978-4-12-004315-4

アドルノの死の翌年に出版され、以来版を重ねて今も読み継がれている、講演・対談集の翻訳。「アウシュヴィッツ」を引き起こした過去を総括し、克服するとは何を意味するのか。この問いに正面から取り組み、ナチズムの過去をもたらした要因が戦後の社会に残存していることを鋭く指摘しながら、「アウシュヴィッツ」へ向かうメカニズムを自分自身の問題として認識することで初めて過去の総括が可能だと論じる、戦後のアドルノを代表するとも言える講演をはじめ、過去の過ちを繰り返すことのない社会をみずから築いていく将来の世代を育成するために、教育、とりわけメディアを用いた教育はどうあるべきか、教育そのもののどのような問題が克服されなければならないか、といった問題を論じた講演や対談を収める。
11 広島の現在と〈抵抗としての文化〉──政治、芸術、大衆文化
東琢磨、井上間従文、小田智敏、上村崇、服部淳子
3–18, 52–96(一部), 109, 120–23
ひろしま女性学研究所
2011/07/07


美的表現が危機に瀕している現在の広島の状況を見据えながら、また戦争中に弾圧された軍都廣島のモダニズムの芸術運動を想起しつつ、生を深く肯定し、またそうであるがゆえに「抵抗」であらざるをえない文化の可能性を追究する。東琢磨の基調講演「〈抵抗の文化〉を想起する」を中心に、2011年2月5日に広島市立大学で、広島市立大学社会連携プロジェクト研究の事業として行なわれたシンポジウム「広島の現在と抵抗としての文化──政治、芸術、大衆文化と広島」を記録した一冊。赤狩りの審問に応じるブレヒトをドキュメントにもとづいて描いた映画のシナリオなど、参考資料も収録。
12 ヒロシマ、オキナワ、アメリカ──新たな戦争を越えるために
東琢磨、藤本幸久、影山あさ子、阿部小涼、比嘉真人、高雄きくえ、塩出香織
5–28, 32–91 (author & editor), 103–7
ひろしま女性学研究所
2010/11/10
978-4-907684-27-3

2009年11月22日に広島平和記念資料館で開催されたヒロシマ平和映画祭2009のシンポジウム「新たな戦争を越えるために──アメリカ、オキナワ、ヒロシマの現在」の記録。シンポジウムでは、戦争の歴史と陸続している広島の現在と、新たな形態の戦争を闘う兵士と、その拠点が作られつつある沖縄やアメリカの現在が、映画を通して検討された。また、映画が他者に出会う場でありうることや、上映会が映像の経験を交換し、それをさらに広める契機をもたらす場でありうることも議論された。このようなシンポジウムへの導入として、戦争を問いえていない今日の広島の問題を指摘したうえで、沖縄とアメリカの現在の問題を浮き彫りにする映像をその強度において経験することの重要性を論じる講演録も収録している。
13 クリストフ・メンケ『芸術の至高性──アドルノとデリダによる美的経験』
胡屋武志、田中均、野内聡、安井正寛
117–168, 187–211
御茶の水書房
2010/04/25
978-4-275-00869-5

脱構築理論や分析哲学、さらには記号論を踏まえつつ、難解とされるアドルノ美学の核心を、美的経験の理論として明快に読み解こうと試みる著者クリストフ・メンケの主著の全訳。メンケの著書の最初の日本語訳となる。否定性の概念を軸に、アドルノの美学を、デリダの脱構築理論と関連づけるとともにそれと対照させ、さらには解釈学などと対決させ、美的経験を、非美的な理解にとっての潜在的で偏在的な危険と定義し、あらゆる行為や事物が視点の転換によって芸術となりうる現在における美的経験のありように関する見通しを示す先駆的な研究。第1部第3章b、第1部第4章aおよびcの翻訳を担当。
14 共生を哲学する──他者と共に生きるために

全211頁
ひろしま女性学研究所
2010/04/10
978-4-907684-25-9

広島市立大学国際学部の専門科目として開講している「共生の哲学」の教科書としてまとめられた本書は、共生を他者と共に生きることと捉え返し、今も私たちのあいだにある支配と被支配の関係やそれにまつわる暴力──構造的なものも含めた暴力──を乗り越えて、他者と自分が呼応し合い、それぞれの自己を自他の響き合いのなかで生成させていく関係を模索し、最終的には他者と共に生きることのうちに新たな平和の可能性を見届けようとする「共生」へのアプローチを提示する。
15 他者との来たるべき共生へ向けた哲学的試論──歓待と応答からの共生
柿木伸之、野崎亜紀子、潮崎智美、二村英夫、大野亜由未、金谷信子、大庭千恵子
117–152
ミネルヴァ書房
2010/02/10


美辞麗句のようにしばしば語られる「共生」という語の前に立ち止まり、「共に生きる」ことそれ自体を問い、「グローバリゼーション」と呼ばれる動きが世界を覆いつつあるのを見据えつつ、自分とは非対称で共約不可能な他者と共に生きる可能性を、他者の歓待および他者に対する応答を起点に、生きること自体の可能性として模索する。他者に対して根本的に無関心ではいられない自己同一性以前の感受性にもとづいて、他者を抑圧し、抹殺する暴力を繰り返さない責任を引き受け、植民地主義的な他者の支配を乗り越えたところで他者「と平和でいる」ことを、現在の「グローバル化」を超えた共生への道筋として提示する。
16 言語のディアスポラを生きる──ディアスポラの言語哲学から新たな文化の言語へ

53
晃洋書房
2009/02


ともにディアスポラとして生きたベンヤミンとデリダの言語哲学が、言語活動の核心に翻訳を見て取ることによって、言語そのもののうちに「故郷」や「起源」からの「離散」ないし「散種」の動きがあることとともに、その動きが他の言語に呼応しながら自己を変成させていく言語の自己生成の動きであることを捉えているのを描き出したうえで、言語のディアスポラを生きる経験が他者に開かれた文化の創造の出発点に通じていることを示唆する。
掲載誌名:『インター・カルチャー──異文化の哲学』
17 広島からG8批判のための理論を──覚え書き風のスケッチとして
柿木伸之
75
ひろしま女性学研究所
2009/02


2008年9月に広島を会場にG8下院議長会議が行なわれたことに対して、「非」の立場を共有する場として開かれたH8シンポジウム「議長サミットを前に市民は何をなすべきなのか」での報告原稿が、H8の一連の活動の記録として掲載されたもの。私的組織として世界の私物化を進めるとともに、戦争を遍在的かつ恒常的なものにしつつあるG8の権力に同調する広島の姿勢を正したうえで、その権力の暴力に抵抗する呼応の場として広島を捉え直す方向性を示唆する。
掲載誌名:東琢磨編『広島で性暴力を考える──責められるべきは誰なのか?:性・家族・国家』
巻号頁・巻:ブックレットhiroshima1000シリーズ12
18 翻訳としての言語活動
柿木伸之
371
中央公論新社
2008/08


中央公論新社『哲学の歴史』著者アンケートへの回答。
掲載誌名:哲学の歴史別巻──哲学と哲学史
19 ベンヤミン
柿木伸之
419
中央公論新社
2008/03


日本最初の本格的な哲学通史となる『哲学の歴史』の「ベンヤミン」の章。ヴァルター・ベンヤミンの微視的な思考の特徴と第二次世界大戦中の自死に至る生涯を叙述したうえで、翻訳の概念を軸に彼の言語哲学を紹介し、アレゴリーの概念を言語哲学と美学の結節点として提示する。また、ベンヤミンの美学を知覚論として提示し、「進歩」に抗し、「歴史を逆なで」して過去の記憶を今に呼び覚ます彼の歴史哲学のアクチュアリティを示そうとする。
掲載誌名:哲学の歴史第10巻──危機の時代の哲学:20世紀Ⅰ現象学と社会批判
巻号頁・巻:10
20 応答する力へ──ベンヤミンの言語哲学の射程
柿木伸之、高梨友宏、石黒義昭、伊藤政志、来栖哲明、岡村康夫、茂牧人、塩路憲一、佐野之人、滝紀夫、瀧将之、米持和幸、寄川条路
49
萌書房
2007/10


ベンヤミンの言語哲学をフンボルトのそれと対照させつつ概観し、ベンヤミンの言語哲学が、ハーマンやフンボルトの伝統から出発しながら、言語自体の生成のダイナミズムを洞察し、言語そのもののもつ共約不可能な他者に応答する力を取り出すとともに、その力をそれぞれの言語が越境的に発揮するような言語的実践の可能性を示していることを明らかにする。
掲載誌名:思索の道標をもとめて──芸術学・宗教学・哲学の現場から